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岡山地方裁判所 昭和41年(ワ)730号 判決

原告 熊本通雄

右訴訟代理人弁護士 寺田熊雄

浦部信児

被告 玉野市

右代表者市長 井上澄雄

右訴訟代理人弁護士 岡崎耕三

井藤勝義

右岡崎耕三訴訟復代理人弁護士 平松掟

主文

一  被告は原告に対し、金五〇万円とこれに対する昭和四六年二月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告その余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その一を被告の負担とする。

四  この判決は、主文一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告

1  被告は原告に対し、一〇八万四〇二〇円及び内九五万九三八四円に対する訴状送達の翌日から、内一二万四六三六円に対する昭和四三年九月一七日付原告準備書面送達の翌日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言。

第二主張

一  原告

(一)  本件建物(以下、別紙目録記載第一、第二建物を総称して本件建物という。)の所有関係

別紙物件目録記載第一建物(以下、単に「第一建物」という。)は、原告の所有である。

同第二建物(以下、単に「第二建物」という。)は、元訴外亡熊本栄十郎の所有であったが、同人が昭和四一年一一月二八日死亡し、その共同相続人たる原告らの遺産分割協議により、原告が単独でその所有権を承継取得した。

(二)  本件工事

被告は、昭和三九年九月から同年一〇月下旬まで二期にわたり、別紙図面一(以下、別紙図面一ないし八は、単に「図面一」、「図面二」というように略称する。)のとおり第一建物、第二建物の北側道路で下水管埋設工事を苅田組に請負わせて施行した。

(三)  右工事の瑕疵

右工事につき下水管埋設のため開溝を掘るに際し、第一建物及び第二建物の側に鋼板を打込むなどして、建物基礎下部の土壌が崩れ移動するのを防止すべき措置を講じていなかった。

(四)  右瑕疵による本件建物の被害

右瑕疵により、本件建物の基礎下部の土壌が開溝の方に移動し、地盤の沈下をきたし、そのため次の被害が発生した。

1 第一建物

(1) 一階部分

道路側の柱が沈下し(図面二のC1柱は約一六ミリメートル、E1柱は約七ミリメートル)、土間コンクリートは、C1柱を中心として円形に亀裂を生じ、北側店舗の東側出入口の扉は、鍵穴が合わなくなった。

(2) 二階部分

一階柱の沈下により二階全体が北側に傾斜し(図面二のB2、P、Qの各柱は約六ないし七ミリメートル、D2柱は約一〇ミリメートル、M柱は約八ミリメートル沈下)、天井廻縁、長押、柱にそって壁が離れた。

(3) 被害の重大性

第一建物は昭和三八年一〇月一五日着工し、同年末完成したが、その地盤はリアス式湾内に白砂川の土砂が沖積したものである。

ところで、右C1柱は隅柱であり、そのうえ大きな開口部をもった独立柱であることは、地震、台風時には、軟地盤のうえに、二階部分の傾斜によって受ける水平力が加算され、東北方向に倒壊する危険性は大きい。

二階寝室部分は美観上の損害も大で、各所の間隙のため室内温度の調節は困難となり、室の機密性という住居本来の目的を殆ど喪失した。

2 第二建物

浴室排水漏れを生じ、柱下部、土台の腐朽が起りうるに至った。

(五)  修補費用

第一建物の復元には、図面二のC1、D1柱等の復元と補強を必要とする。すなわち、C1柱の基礎を取除き、下部地盤を充分に突固めた後、新しい基礎を設置する必要がある。また、北側へ傾斜した二階柱を復元するため、C、D、Kの各柱に添柱をし、全部で締めることが必要である。

右修補の費用として、一〇八万四〇二〇円を要する。

(六)  責任根拠

被告は、国家賠償法二条一項により、本件工事により生じた損害を賠償する責任がある。

(七)  原告の損害賠償請求権の相続

第二建物に関する亡栄十郎の損害賠償請求権は、原告が前記遺産分割協議により単独で承継取得した。

(八)  よって、原告は被告に対し、一〇八万四〇二〇円及び内九五万九三八四円に対する訴状送達の翌日から、内一二万四六三六円に対する昭和四三年九月一七日付準備書面送達の翌日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(九)  被告主張(七)(3)の事実は否認する。

(一〇)  金多潔作成「報告書」(乙五号証、以下、単に「金多報告書」という。)、鑑定人金多潔の供述、その他被告主張等に対する反論

1 金多報告書は、基礎事実の採り方が客観的、全面的でなく、恣意的、一面的である。

(1) 内部観察を欠いているため、建物の構造的変形、すなわち、北側基礎部分の沈下移動としか説明し得ないような骨柱の歪みの原因を追及していない。

(2) 外形観察においても、排水溝の亀裂、道路の沈下(甲一号証の一ないし七、甲二号証の二)、コンクリート床部分の亀裂(甲一号証の八、九)を看過している。金多潔の現地調査時には、右現象が殆ど(糊塗的にせよ)補修されているために建物及びその周辺の外形的異常を認められず、そこで建物の変形の原因を専ら建物に内在的なもの(例、クリープ現象)に求めるに至ったのであろう。

したがって、右の諸事実、諸現象をあまねく綜合分析したものでない金多報告書は、おのずと一面的な内容(個々の点では村山証言における基礎(C1)の誇大性を指摘する等の真実に迫るものがあるとしても、全体としての原因の究明においては絶対的に誤るという一面性)をもつ。

2 金多報告書は、疫学的方法による検討にいたっては、到底その真理性を担保されない。

本件工事以前に建物の歪みは何ら見られなかった。鑑定人金多潔は、既進行の変形の増大などというが、風呂の漏水、戸の開閉不能その他前記(四)の1の(1)及び(2)の現象はいずれも工事に接着して生じたものであり、どの部分がどのように変形しつつあったかの証明はあり得ないのであり、独断をおかしている。

しかも、本件工事後は、この種の新たな変形は全く見られないのであり、時間的経過の中に前記変形現象が集中したのは、本件工事中及びこれに接着した時期であって、してみれば、右変形の原因を本件工事に求めるのは、公害裁判上確立された思考論理だといわねばならない。

3 クリープ現象が工事の時期に集中して大規模に発生したとする合理的理由がない。むしろ、工事中は降雨続きで、ために砂土の流出が大量的に認められたことは明らかである。乾燥(特に異常な)の条件などあり得ず、逆の条件にあった。

外形的に明白な事実(排水路底辺部の亀裂、道路の沈下、コンクリート床の亀裂等)の起因性をそれ自体として考察しても、本件建物変形の原因と認めるに充分であり、クリープ現象なるものの想像的推理との比較を絶するといわねばならない。

4 建物(特に木造)の側近の土地を掘り下げる場合、地盤の土砂の流失、移動(地盤のゆるみ)を生じないよう鋼矢板を打込むなど細心の工法が採られていることは、日常的見聞に属する事実である。そして、鋼矢板を抜去った間隙を土圧が埋めるために建物の歪み等を招く事実も広く知られている。本件工事に鋼矢板を使用しなかったことが争い難い以上、地盤のゆるみ、建物の歪みの発生することは、一般論としても高度の蓋然性をもっている。そして、重要なことは、本件建物の変形は、本件工事中及びこれに接着した時期に進行したものであり、その以前にも以後にも本件建物のいずれにも何らの変形現象が現われていないのである。

そして、決定的な事実は、土質検査結果である。すなわち、本件建物の地盤部分の土質は、砂分七五パーセント、塑性指数PI=四〇二の数値を示し、流動性が大きく、特に僅かの水分が加わるだけで液性状となり、流動性が昂進することが判明している。水路開掘路壁面に鋼矢板による抵抗がない状態では、かような土砂は、たやすく開掘溝に流失し、大部が空洞化して地盤の沈下を招いたと認めるほかない。既に測溝が亀裂し、家庭排水が地中に滲透して一そう土砂の流動に拍車をかけたわけである(図面八参照)。

5 大規模ないし堅固建物の建築に際し、比隣建物(居住者)に対し、振動、騒音による以外に地盤の沈下、変形による悪影響を及ぼす事例の多いことは、高層建築の続出する都市では顕著な事実であり、被害事例の広範な散在に着目すれば、かような現象を、用語の是非はともかく、「建築公害」とよぶことも、あながち失当ではない。

しかるに、金多報告書は、公害概念にかかずらうの余り、本件被害の類型性を看過ないし無視し去っている。「純工学的な立場(ないし建築学的な立場)」が、前記公害現象に対し問題意識をもたないとしたら、余りに現実を遊離した学問の後進性を問われるべきであろう。金多報告書は、工学的立場からみると、本件工事以前に建物の歪みがなかったというのは「重大な誤見」といい、学問の権威のもとに事実の推測を強引に現実的判断に転化させている(いわく「本件工事まで建物の歪みについて意識していなかったのが実情であろう。」、「工事中に歪みが改めて明らかに意識されたものと思惟される。」等)。

6 この点でも、公害裁判における因果論争は教訓的であるところ、本件での他原因説のクリープ説に内在的な致命傷は、一つには、ある破綻を明言していること、二つには、合理的根拠を提示していないことの二点に指摘しうる。

第一点 金多報告書は、クリープ現象は、「新築されて間もない時期の間に時間の経過と共に進行し続ける」というが、旧建物(第二建物)の被害、更には同時期に新旧両建物にクリープ現象が現出したことの説明が全くつかず、むしろ、原因を他に求める他ないとの意味での破綻を暴露している。そして、側溝の亀裂については、「道路面が相対的に下った」ことを認めるにいたった。

第二点 ①クリープ現象の集中、②建物の構造的歪みの各原因について、合理的説明は遂に明示されなかった。現象としてのコンクリートの亀裂にも程度の問題があるし、原因は各様であり得る。亀裂自体は何ら「自然界の法則」でも、「自然科学上の真理性」でもない。法則ないし真理性は原因発生の機序等を追求し、自然関連性、因果性が明確になって、はじめて学問的に範疇づけられ、確立される。同じ亀裂という現象の原因を尋ねる場合、その物に内在的必然的なものと外在的偶発的なものとの峻別は可能であり、科学の課題である。

仮にクリープ現象が自然的に不可避にしても、前記のとおり建設時期をそれぞれ異にする両建物、コンクリート側溝の三者につき一時期に集中して、これが現われた事実については、現象自体に原因ないし法則性を求める不可知論を展開している。

更に、建物について変形のメカニズムは説明可能であろうと思われるがすべて一般論で押切ろうとする域を出ない。

7 金多報告書の「補遺」は、次の点で失当である。

すなわち、道路面の相対的沈下を指摘しながら、その原因の探求を止めている。そして、唐突な反対推論をもち出し、道路が沈下したということは建物が沈下しなかったことだという。

しかしながら、道路の沈下が重量物の加重によるのでないことは明らかであり、さすれば地中の土砂の流出、空洞化によるとしか推認のしようがない。土砂が流出するとすれば、道路寄り本件排水路開溝部以外あり得ない。土地の変動は、原因部に近い程顕著かつ大規模にあらわれる(地震の経験の示すところである。)。

同じ土質で連続している道路下に土砂の流出があれば、建物下の土砂も量的には少なく、程度は弱まるとはいえ、流動することは、それこそ法則的である。かくて、道路面の沈下が否定し難い以上、規模程度において軽微とはいえ、これに接続する建物地盤の沈下は不可避的に現われると認めるべきである。

8 金多報告書の法解釈論も失当である。

同報告書は、建築基準法施行令三八条は地盤沈下に耐えうる基礎構造を義務づけるというが、同条は、同法二〇条を受けて、建築物の自重、積載荷重等に対する構造耐力を基礎につき具体化したもので、そこでいう「地盤の沈下」等とは当該建物の自重、積載荷重等により惹起されるものが想定されているか、少なくとも自然的沈下と同程度のものが想定されていると解すべきである。

いかなる地盤沈下にも耐えうる建物設計工事は不可能である、という常識的確信は変らない。

まず、建物設計工事の方法いかんで地盤沈下そのものを防止することは不可能である。広範囲にわたっての弛やかな地盤沈下は、いわば標高の低下であって、建物の構造的影響は殆ど想到しえない。しかし、地震、地下工事の陥没等による局部的な急激な地盤低下に対しては木造建物は全く無力である。法は、かような事態への対処を義務づけるわけがない。木造建物について、地盤沈下に対する耐力は建築基準に適合すれば足りるのであって、それ以上に特段の安全性の確保は要求されていない。本件新旧建物は、いずれも建築確認済みであり、金多報告書等からは、どこに違法があるとの具体的指摘はない。

9 本件建物の修補は、変形の原因に対応して復旧する方法をとるべきものであり、糊塗的方法による費用見積によるべきではない。

現在における建築資材、人件費の急騰は顕著な事実であり、口頭弁論終結時を基準とする損害の算定上、原告主張の損害は、むしろ軽きに過ぎる。

二  被告

(一)  原告主張(一)の事実は認める。

(二)  同(二)の事実中、被告が原告主張の時期に二期にわたり、同主張の場所で工事を施行したことは認めるが、その他は否認する。本件工事は、排水路改良工事である。工事請負人は熊本組こと熊本親(ちかし)であり、苅田組はその下請人である。

(三)  原告主張(三)の事実は否認する。原告主張のような措置を講ずる心要はなかった。

(四)  原告主張(四)の事実中、本件工事の瑕疵により、本件建物の基礎下部の土壌が開溝の方に移動し、地盤の沈下をきたし、そのため本件建物に被害を生じたとの点は否認する。

1の(1)、(2)の事実は否認する。

1の(3)の事実中、第一建物が原告主張の時に着工、完成したこと、その地盤についての主張は認めるが、その他は否認する。

2の事実は否認する。

(五)  原告主張(五)の事実は否認する。

(六)  原告主張(六)は争う。

(七)(1)  本件工事場所は、白砂川の元堤塘で、その土質は砂交りの硬土で、土木工事施工に対しては頗る良質のもので、しかも、数十年もの長い間公道として使用され諸車並びに人の通行により路面は非常に堅く凝固されている。

加うるに、被告は建設省が決定した災害復旧工事の設計要領に則り、設計施工した。すなわち、床掘のうえ直ちに基礎石を投入し、また、同時に渠体コンクリート施工も行ない、このコンクリートの建物側の型枠は、下部型枠を高さ六〇センチメートル以上埋殺とし、すぐに埋戻を施工し、本件建物の荷重分布に対しては万全の注意を払っている。

(2)  加うるに、本件工事は、本件建物のすぐ北側に施工したものではなく、この建物の北側に存するコンクリート造の「溝」を距て、更にその北側に施工した。しかるに、この「溝」の本件建物側のコンクリートの側壁は何らの物理的変化を招来していない。

(3)  本件工事に際し被告が用いた工法は、原告主張のように建物基礎下部の土壌が崩れ移動するおそれが具体的にあったからではない。前記のとおり本件工事現場の土質が非常に良質のうえ凝固されており、工事個所と本件建物との間にコンクリート造の「溝」があったこと等から、右のような、おそれは全くなかった。しかし、被告は、なお万全を期するために被告主張の工法により本件工事をしたもので、同工法によれば、原告主張のような被害結果は絶対に発生するはずがない。

(4)  要するに、本件建物の毀損は、本件工事施工にその原因を有するものではない。すなわち、本件建物は、元来、階下開口部を多くとった店舗であるため、筋違等が充分に入っていなく、また、柱も普通住宅に比較して少なく、構造的に弱い点があり、建物の最大荷重を受ける部分の補強措置が考慮されていなかったことによるものである。

(八)(1)  第一建物の被害は、同建物が木造であるので、建築構造学的事象として認められる「材木」の弾塑性変更(いわゆるクリープ現象)によって生じたものであり、本件工事によって生じたものではない。

すなわち、右建物は昭和三八年末完成し、そのクリープ現象の進行が最も著しい昭和三九年九月、一〇月頃にたまたま本件工事が施工されたために、そのクリープ現象が本件工事と因果関係があるように原告が誤解したものである。

右クリープ現象は、金多報告書からも明らかなとおり、建物が建てられてから新しく加わった荷重によって蓄積せられて行くものであり、したがって、同現象は、材木に対し加わる「荷重の大小」によって、その大小が異なるものである。

しかるに、第一建物の一階は店舗であるために開口部を多くとる必要上普通住宅に比し柱も少なく、また「筋違」等も充分に入っておらず、ほかに何ら建物の荷重を受ける部分の特別の補強措置も講ぜられていなかった。したがって、第一建物については、普通建物よりも、より一そう大きいクリープ現象が生じたものである。

(2)  また、仮に、いくらかでも因果関係があったとしても、建築学的には、大工工事の標準的な仕様によって現実に施工されている柱脚の水準高低の精度は、プラス・マイナス一センチメートルのオーダーであるとされている。

したがって、第一建物の現状の変形によっては、構造上の安全性並びに美観上の点で重大な損害があるとはいえない。

(3)  加うるに、原告主張の修補工事は全く建築替えに匹敵する程の工事であり、信義公平の原則に反し、過剰である。

第三証拠≪省略≫

理由

一  原告主張(一)の事実(本件建物の所有関係)は、当事者間に争いがない。

二  本件工事

被告が昭和三九年九月から同年一〇月下旬まで二期にわたり図面一のとおり第一建物及び第二建物の北側道路で土木工事を施行したことは、当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲三号証(立石喜平作成「排水路改良工事施行にともなう住居の被害状況」、以下、単に「立石被害状況書」という。ただし、後記採用しない部分を除く。)、乙三号証、証人山本和光の証言によれば、

1  右工事は被告市の建設部土木課所管の玉野市玉西本町地内排水路改良工事で、玉野市内の土木業者熊本組こと訴外熊本親(ちかし)が請負い施行し、その一部は下請人苅田組が施工したこと、

2  本件工事の内容は、それまで図面一の四メートル幅道路内のP線、Q線、R線、白砂川河岸S線間にあった、深さ約一メートルないし約一・五メートル、底幅約五〇センチメートル、上部幅約七〇センチメートル、側壁は約三〇センチメートル角表面の花崗岩築石およそ三、四段積み、石蓋付き露天の旧下水路が狭少で、右町内に家屋の浸水があったため、これを取除いて、その跡に新しくコンクリート造暗渠を埋設し、S線排水孔をヒューム管とする工事であったこと、

3  右新設暗渠の横断面は図面三(イ)のとおりで、上部を幅一・四メートル長さ四・五メートルの鉄筋コンクリート蓋で掩い、右蓋と地表との間隔は、地表面がP線付近では低く、R線に向かうにしたがって高くなるので、浅い個所では約二〇センチメートル、深い個所では約八〇センチメートルであったこと、本件工事は、まず一期工事として昭和三九年九月一三、四日頃からP線、Q線間をし、その埋戻し後に二期工事として同年一〇月初旬から同月中旬埋戻しまでの間Q線、R線間をし、その後三期工事として本件建物東側のR線、S線間を施工したものであること、

4  旧下水路跡の新設暗渠用露天掘り溝は、つるはし、スコップ、金てこ等を使用して行なわれたが、図面三(イ)の点線のように床掘りの底面から上部に行くにしたがって幅を広げ、約三分の勾配(のり)をつけていたこと、ただし、道端南側端に電柱一本があったため、R線からQ線に向かって約六メートルの間は、図面三(ロ)のとおり、床掘りの底面から高さ約六〇センチメートルの間はコンクリート用木製型枠をあてて垂直に土留めをし、その上端から右勾配をつけて掘削したこと、

5  前記四メートル幅道路の南端には図面二のとおり側溝があるが、向側溝個所の横断面は図面四(イ)(ロ)のとおりであり、第一建物はその基礎であるコンクリートブロックを側溝の南側面とし、第二建物はその基礎と側溝との間に幅約三〇センチメートルの犬走りを置いていること

が認められ、甲三号証中、本件工事に土留め用仮枠を全く使用しなかったとする点は採用し難く、ほかに右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  本件建物の構造と原告主張の損傷

1  第一建物が昭和三八年一〇月一五日着工、同年末完成の建物であることは当事者間に争いがない。

2  前示甲三号証(立石被害状況書)、成立に争いのない甲四号証(渋谷泰彦作成「熊本通雄氏住宅被害調査及び補修対策について」、以下、単に「渋谷調査書」という。)、訴外立石喜平が昭和四〇年七月三一日撮影した写真であることは争いのない甲一号証の八、九、同人が昭和四二年二月一三日撮影した写真であることは争いのない甲二号証の一七ないし二四、証人立石喜平、同徳田新太郎、同渋谷泰彦の各証言、証人村上一弘の証言(ただし、後記信用しない部分を除く。)によると、

(1)  第一建物は、真壁構造、外部ラスモルタル塗仕上で、一、二階とも実測四一・一七平方メートルで、図面二のとおり一階にはコンクリート土間の貸店舗二、二階には六畳室二、押入三等があること、基礎は、外まわり、間仕切りの個所に、深さ幅各六〇センチメートルの溝を掘って、ぐり石を入れ、その上に幅一二センチメートル高さ六〇センチメートルのコンクリート基礎を打っていること、柱はC1柱(以下の柱は図面二参照)は檜四寸角、他は杉三寸五分角、四隅と真中の六本は長さ約六・五メートルの通し柱を使用していること、E1柱・K1柱間、K1柱・L1柱間、L1柱・A1柱間等は壁ごとに十文字筋違いを入れ、A1柱・B1柱間には厚さ三・二ミリメートルの鉄骨トラスを入れ、二階も壁ごとに同様の筋違いを入れていること、屋根は上げ棟式であること、二階床高は一階店舗土間から約三・三八メートル、二階天井高約二・三八メートルであること、同建物の建築費は約七〇万円で比較的割安に建てられていること、

(2)  第二建物は、昭和一〇年頃建築の真壁工法による建物で、基礎は花崗岩布石を用い、柱は一二センチメートル角材で、階下の北側は図面二のとおり応接間、玄関、浴室等の小部屋を配置しているため構造的に強固であること、

(3)  渋谷泰彦が立石被害状況書(甲三号証)に依拠して昭和四〇年一二月二一日、昭和四二年八月二四日の二回にわたり調査したところ、右調査時において第一建物には次の損傷があったこと、

① 柱の沈下(図面二参照)

A1柱を基準として水管式水盛法で測定したとき、C1柱は一六ミリメートル、E1柱は七ミリメートル沈下していること、なお、D1柱、K1柱は外部ラスモルタル塗、内部ボード張りのため測定不能であること、

② 土間コンクリートの亀裂

階下北側店舗のコンクリート土間には、図面六のとおりC1柱を中心に弧を描くような形状で約七ミリメートル幅の亀裂のあること、

③ 出入口の歪み

階下北側店舗の東側出入口に歪みがあり、扉の付根下部に厚さ七ミリメートルの添木をして扉を持上げ、これによって開閉可能となっている程度の歪みのあること、

④ 建物全体の傾斜

二階床面上二メートルの高さで図面七のとおりB2柱は北へ七ミリメートル、東へ八ミリメートル、D2柱は北へ六ミリメートル、東へ八ミリメートル各傾斜した変形数値が得られ、同図面のとおり建物全体が北、東北に傾斜していること、

⑤ 壁の剥離、建具と柱の隙間

二階各六畳室において、図面五のa図ないしf図に赤で個所及び幅を示すとおり、壁と柱、天井廻縁、長押等との間に隙間を生じ、建具と柱との間にも隙間を生じていること、

(4)  前記渋谷の調査時に第二建物には次の損傷のあったこと、

⑥ 浴室の漏水

浴室(図面二参照)はタイル張りであり外部から確認できないが、外壁に漏水し、土台がしめっていること

が認められ、証人村山一弘の証言中、図面二のC1柱、B1柱の基礎として二メートル四方に、ぐり石を入れたとする部分は、鑑定人金多潔の供述に徴し信用できず、証人岡田信之の証言により真正に成立したと認める乙一号証(岡田信之作成報告書)中右認定に反する部分は採用できず、ほかに右認定を左右するに足りる証拠はない。

四  前記原告主張の損傷と本件工事との因果関係

1  第一建物の地盤がリアス式湾内に白砂川の土砂が沖積したものであることは当事者間に争いがない。

前示甲四号証(渋谷調査書)、証人渋谷泰彦、同立石喜平の各証言によれば、本件工事現場は、地表部分は道路として人車により踏み固められていたため硬質であったので、つるはしによって掘削工を施工されたが、その下は砂状であり、スコップで掘削されていたこと、図面二のC1柱付近で採集された試験土(第一建物の敷地及びその周囲道路では、ほぼ等質)は、粒度試験によれば、砂分七五パーセント、シルト分一八パーセント、ねん土分七パーセントの、砂に近い砂質ロームで、流動を起し易いものであり、また、液性限界及び塑性限界試験によれば塑性状態にあることが少なく、僅かな水分で液性となり流動を起こすものであること、右ねん土分は白砂川河岸に近づく程減少することが認められ、証人村上和光の証言中、これに反する部分は信用できず、ほかにこれを左右するに足りる証拠はない。

2  前示甲三号証(立石被害状況書)、訴外立石喜平が昭和四〇年七月三一日撮影した写真であることは争いのない甲一号証の一ないし七、同人が昭和四二年二月一三日撮影した写真であることは争いのない甲二号証の九ないし一四、証人立石喜平、同徳田新太郎、同村山一弘の証言によると、

(1)  前記一期工事の床掘りが開始されて数日後には、第二建物の犬走りと基礎石との間(図面四(ロ)の赤矢印の個所)に約八メートルの長さにわたり、幅約一五ミリメートルの隙間を生じ、一期工事中に右隙間幅が七〇ミリメートルにまでなり、基礎石の下に接する部分の土も沈下するに至ったこと、

(2)  右のような隙間が生じ、露天掘りの両肩の土砂が崩れ落ちたので、一期工事の区間全般にわたって応急的にバタ板、木枠などをあてがっていたこと、

(3)  第二建物の浴場は、一期工事の間中、使用を中止していたが、一期工事終了後使用を再開したところ、前記⑥の漏水を生じたこと、

(4)  前記二期工事では掘削溝が更に第一建物に迫り、図面二のD1柱付近では、道路側溝北端から数十センチメートルの近くまでになっていたこと、そして、D1柱付近で、道路側溝底面隅(図面四(イ)の赤矢印の個所)が、道路に平行して幅一〇ミリメートル位の隙間を生じたこと、

(5)  二期工事中に、第一建物北側側溝のコンクリート蓋の下面と路面とがはずれ、その間に図面四(ハ)のとおり上下一七ミリメートルの隙間を生じたこと、

(6)  同じく二期工事中に、前記②のコンクリート土間の亀裂を生じ、次第次第に幅が大きくなって七ミリメートルにまでなったこと、前記③の出入口の歪みを生じ、扉内側の差込式錠の左右両方の金具の位置がずれ、そのままでは施錠不能となったこと、また、扉自体前記のとおり添木をして持上げねば開閉できなくなったこと、更に前記⑤の壁の剥離、建具と柱との間の隙間ができてしまったこと

が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

3  前示乙三号証(金多報告書)、鑑定人金多潔の供述によれば、

(1)  建築構造学的事象として、木造建物は新築されて間もない時期の間に、材木の弾塑性変形が時間の経過とともに進行し続けるのが普通で、いわゆる木材におけるクリープ(CREEP)現象と呼ばれる現象があること、同現象は、建物が建てられてから新しく加わった荷重によって蓄積されて行くものであるが、その進行の度合は、載荷された当初において著しく、長時間経過した後では進行の度合が小さくなるという性質のものであること、このクリープ現象は、特に木材の継手、仕口など部材応力が集中する個所において特に顕著で、仕口一ヶ所で一ないし二ミリメートルというオーダーの量であること、二階建の建物で、もし、一階柱脚が地盤上に固定されているものとすれば、柱と梁の仕口、継手などにおけるクリープ変形量、柱材自身の圧縮クリープ変形等が一階より二階の高さで累積されるから、柱梁の伸縮や傾斜は一般に建物の一階よりも二階において著しくなる傾向にあること、

(2)  本件工事の行なわれた季節は秋であって、一般的に空気が乾燥しており、そのため木材が乾燥収縮を起す季節であったこと、

(3)  木造建築物の施工精度として、各柱脚の水準、高低の精度は、水盛法により、かつ、現代の大工工事の標準的仕様によるものの場合、プラス・マイナス一センチメートルのオーダーであり、右プラス・マイナス一センチメートルは、許容誤差の範囲内であること、

(4)  木造建物が、木材自体変形し易いものであることと、施工精度の限界とから、竣工後かなりの変形を生じ始め、各所に間隙を生じて、室内温度の調節が困難になることは、一般の木造家屋が普遍的にそうであること、

(5)  第一建物は、一階が貸店舗で二回にわたり開放面があり、柱が少いため、耐震設計上は相対的にいって有利ではないけれども、一寸の衝撃があっても倒壊するようなものではなくて、相当の耐震性をもっていること、

(6)  また、第一建物が一階を店舗にしている関係上、隅柱にかかる荷重がアンバランスであり、そのこと自体、歪み、変形を生じ易いものであること

が認められる。前示甲四号証(渋谷調査書)、証人渋谷泰彦の証言中、右(5)の認定に反する部分は、右乙五号証(金多報告書)、鑑定人金多潔の供述に照し、にわかに採用し難く、ほかに以上の認定を左右するに足りる証拠はない。

4  上叙事実によれば、

(イ)  まず、原告主張の前記②土間コンクリート亀裂、前記③出入口の歪み、前記⑤壁の剥離、建具と柱の間の隙間(以上第一建物)、前記⑥浴室の漏水(第二建物)が、本件工事の掘削工施工中に、前記第二建物犬走りの隙間や第一建物北側側溝の隙間と同時に或いはこれに引続き出現した一連の現象であって、建築構造学上はそれが唯一の絶対的原因であるといえないにしても、法律上は本件工事に基因する被害と認めるのが相当であり、

(ロ)  次に、原告主張の前記①柱の沈下及び④建物全体の傾斜(第一建物)は、そもそも木造建築物の施工精度として各柱脚の水準、高低についてプラス・マイナス一センチメートルは誤差の範囲内として許容されているところであり、また、前記クリープ現象等木材固有の性質に由来する諸現象や本件建物の構造自体も無視できないところであって、加うるに第一建物が建築設計図どおり寸分の誤差もなく建築されていたとの前提をとることは到底できないところであるから、前記図面二のC1柱、E1柱の沈下ないしB2柱、D2柱の各傾斜の各数値そのまま全部を本件工事による沈下ないし傾斜と理解することは到底許されないけれども、これらの沈下ないし傾斜について前記②③⑤等の一連の諸現象と併せ考えると、本件工事が右沈下ないし傾斜の一原因たる第一建物敷地の変化に全く影響を及ぼさず無関係であったと断定することは困難であるから、法律上は前記趣旨の限定のもとに本件工事との因果関係を肯定するのが相当である。

五  責任原因

以上のとおり、被告は、人家先の幅四メートルという狭い道路内で、しかも、地中がもともと砂状で流動し易く、更に僅かな水分でも流動し易い土質の場所で旧露天排水路を撤去し暗渠を新設する工事を施行するにあたって、右土質や、雨水下水等の流入には全く頓着せず、掘削工に着手早々第二建物とその犬走りとの間に幅七〇センチメートル程の隙間まで現われ出したのに、矢板工を施す等することなく、安易に工事を進行して工事現場先の本件建物に被害を及ぼしたものであって、公の営造物の設置ないし管理に瑕疵があったというべきであるから、国家賠償法二条一項の規定により、右瑕疵と相当因果関係にある損害(相当因果関係の立証責任が原告にあることは勿論であるが、)を賠償する責任がある。

六、損害

前示甲四号証(渋谷調査書)、証人竹田成一の証言及びこれにより真正に成立したと認める甲八号証によれば、前記第一建物の損傷、特に柱の沈下ならびに建物の傾斜の修復としては、一たん内外の壁を取除いて建物全体を持上げ、その状態にしたまま、図面二のC1、D1、K1各柱の在来の基礎を掘出し、下部地盤を充分突き固めた後、新基礎を改めて設け、右各柱に添柱をして、いわば新築同様に壁の塗直し等左官工も施さねばならないこと、右修理費用は、昭和四六年二月一日現在で、第二建物の浴室漏水等工事を含み一〇四万二八〇〇円であることが認められる。

証人村山一弘の証言及びこれにより真正に成立したと認める甲六号証の一、二は杜撰であって信用できず、証人近藤豊の証言及びこれにより真正に成立したと認める乙四号証の一ないし八は、証人竹田成一の証言に徴し採用せず、前示乙五号証(金多報告書)は、元来の強度計算の点等基本的に傾聴すべきものがあるが、右修理工事が過剰不必要とする点は、その根拠の説明がないため、右認定を左右するに足りず、ほかに右認定を覆すに足りる証拠はない。

しかしながら、先に認定したとおり、第一建物の柱の沈下、及び建物の傾斜の原因に関しては、本件建物の構造自体、木造建築物の施工精度、木材固有の性質等に由来する諸現象等からして、これを挙げて本件工事に帰せしめることができないのであり、また、第二建物の浴室等修理については、第二建物がそもそも昭和十年頃に建築され、その浴室も相当年数を経過していることからすれば、前記修理費用一〇四万二八〇〇円のうち、その約五割に相当する五〇万円をもって本件工事と相当因果関係にある損害と認めるのが相当である(被告は、右のような修復工事は信義公平に反し過剰であるというが、同主張は肯認し難い。なお、付言すれば、たとえ、破損個所のみの修理、いわば、つぎはぎ修理をするとしても、このような場合は、その修理費用のみでなく、建物全体の経済的減価をも併せてその損害を賠償すべきであろうことは当然である。)。

そして、証人村山一弘の証言からも窺えるように本件工事のあった昭和三九年から後、建築費用が暴騰していることからすれば、右五〇万円は、前記修理費用の見積られた日昭和四六年二月一日から後に限って、その遅延損害金を請求し得るものと解するのが相当である。

七  損害賠償請求権の相続関係

原告主張(七)の事実は、被告において明らかに争わないので、これを自白したものとみなす。

八  よって、原告の本訴請求は、五〇万円とこれに対する昭和四六年二月一日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当として棄却すべく、民訴法九二条、一九六条を適用して(仮執行免脱宣言を付さないのを相当と認める。)、主文のとおり判決する。

(裁判官 平田孝)

〈以下省略〉

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